猫専門病院ノアのねこ舟

【がんと生きた猫】

8月下旬、1匹の猫ちゃんが13歳の猫生に幕を閉じました。

その子の名前はアメオちゃん。

私がアメオちゃんに初めて出会ったのはまだ寒い時期である2月半ばでした。

初対面の時から首にチューブが設置されていて、チューブから強制給餌をおこなっている状況でした。

お話を聞くと2021年6月から口の中に異常が認められ、何度か検査や手術を受けて「扁平上皮癌」と診断されていました。出会った時からがんは進行し始めていて、手術で下顎を切除するかどうか話し合いました。少し考えられたのち、飼主様は手術を選択されませんでした。

そこから飼主様とアメオちゃんはがんと共に生きることを決めたのです。

初診時、アメオちゃんの顎はゆがんでいました。歯周病もあり残っている歯が食べることを妨げているようにも見えました。食道チューブのおかげで栄養補給は問題なくできる状況でしたが、アメオちゃんの口から食べたいという欲求を満たしてあげることは困難を極めました。

がんが進行するにつれアメオちゃんの下顎は溶けていき口が閉じなくなっていきました。それゆえに飼主様は毎日献身的に介護をされ、チューブ給餌の時間になるとアメオちゃんから寄ってくるようになったそうです。そんな1人と1匹の日々は半年間続きました。

チューブから毎日ご飯を食べさせ、よだれで汚れた手や口元をきれいにし、時には同居猫と遊んだり日向ぼっこをするアメオちゃんを眺める毎日。飼主様は自分のエゴで生かしているのではないか…、アメオちゃんを苦しめているのではないか…と日々悩んでらっしゃいました。

診察でお会いするたびにお話を聞き、一緒に悩みながら緩和ケアを続ける毎日でした。

夏になってから口からの出血も多くなり外貌もかなり変わっていきました。普通なら見ていることさえしんどい状態のはずなのに飼主様はアメオちゃんの事だけを想って一生懸命に介護されていて、私もその気持ちに寄り添いながらアメオちゃんの生きざまを見守っていました。

夏になりアメオちゃんの体重は徐々に減っていきました。チューブ給餌のおかげで何とか維持はされていたものの、がんのせいで下顎はどんどん溶けていき、それでもアメオちゃんは目でいつも何かを訴えてきているようでした。 その頃から身体もそろそろ限界を迎え始めているかもしれないと、お別れの仕方や時期について飼主様と相談を始めました。治らない病気であること、末期がんであること、頭ではわかっていてもサヨナラを選択することはとても勇気のいることです。それが正しいかどうかも誰にもわかりません。アメオちゃんが話せたら気持ちを確認できますが、それも叶わぬこと。

生きるということ、死ぬということ、目の前の動物たちはいつもヒトに問いかけます。アメオちゃんの飼主様も毎日毎日目の前のアメオちゃんと直に向き合いながら対話されていたと思います。ですからアメオちゃんのためをおもって出される答えならそれが正解だと思っていました。

そんな悩みを抱えながら過ごしていた矢先、アメオちゃんの飼主様から病院にお電話がありました。アメオちゃんが虹の橋を渡ったと。

息を引き取る瞬間は見ていなかったそうですが、早朝にチューブからご飯を与えられたと聞きました。

お腹を満たしてアメオちゃんは静かに旅立ったのでしょう。最期の瞬間を見せないようにしたのは、もしかしたらアメオちゃんの気遣いかもしれません。飼主様につらい決断をさせないよう一人でそっと旅立つことを決めたようにも感じました。アメオちゃんは最後まで優しいお母さんにご飯を食べさせてもらい、きっと心の中で「お母さん、いつもありがとう。今まで大事にしてくれてありがとう。」と話しかけていたと思います。

アメオちゃんが亡くなるまでの半年間は短いながらもとても濃い時間で、姿は見えなくなってしまっても飼主様の心の中でアメオちゃんは永遠に生き続けます。

がんという病気と真正面から向き合い、自分に与えられた命を一生懸命生き抜いたアメオちゃんを誇りに思います。そしてそんなアメオちゃんをそばで見守り続けた飼主様にも半年間お疲れさまでした、という思いです。

色々なご家族がいる中でご家族ごとに看取りの方法は異なります。後悔のない最期なんて存在しないと思います。それでもお別れする時に「今までありがとう」とわが子に微笑みかけられるような看取りができれば良いと常に願います。

最後にアメオちゃんとその飼主様との出会いに感謝いたします。

アメオちゃん、安らかにお眠りください。

獣医師 池堂